‘メッセージ’ カテゴリーのアーカイブ

ひとりの力、みんなの力

2010年1月30日 土曜日

財を遺(のこ)すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり、
されど、財なくんば事業保ち難く、事業なくんば人育ち難し

という、後藤新平氏の有名な格言にしみじみと思いを馳せています。

企業というのは
社長がいなくなったからといって潰れるようではいけません。
なので、私は自らの持てる技術の全てを賭けて、
いざという時にはアーティストが自分たちの力で
夢をかなえることのできるシステムを残したいといつも考えています。

人間なんて、いつどうなるかわかりませんからね。

もし私にできることがあるとすれば、
いくつもの大きな企業のシステムを開発してきた経験をもとに、
アーティストの努力が何倍にもなって実るような仕組みづくりです。

これにはどうしてもアーティストの自主的な協力が必要になってきますが、
やってみたいと思うものもあれば、そうでないものもあるでしょう。

ならば私は誰もが活用したいと思えるものを目指して、
またコツコツと何度でも、ゼロから積み上げていこうと思います。

まだまだ諦めませんよ。

着眼点

2010年1月29日 金曜日

いかなる大樹もそれに見合った根がなくしては成り立ちません。

そして私の視点での「根」、というのは、
例えば楽曲を配信するためのシステムだったり、
お客様にアーティストの存在を知っていただくための
ブログやホームページであったり、
要はアーティストが活動するためのインフラということになるでしょうか。
ネミューというレーベルもそのひとつですね。

更には根というのは物理的に木を支えるだけのものではなく、
水や養分の導管として中からも木を支えるためのものでもあり、
そうして私のもとには常に膨大な量の情報が流れ込み、
この中から誰かの役に立ちそうな情報が見つかっていたりもします。

ところで人が行動を起こす上では、
その目的に対する情熱が強いほど、
そこにたどり着くまでの時間は短くなります。
目指すものによっては相当に濃い行動なくしては、
生きているうちにたどり着けないものもあるでしょう。

本気でメジャーを目指している人たちと話しをすると、
命を賭けて音楽に取り組んでいると言い切れる人ばかりで、
そこには間違いなく人生の全てを賭けた執念があります。

ですがネミューの目的は
メジャーアーティストを輩出することでも、
チャートで上位を目指すことでもありません。

ネミューのオーディションにはルックスや歌唱力、
そして音楽に対する意識と情熱が高い人たちも
たくさん応募してきてくださいます。

そんな人たちの中から私がオーディションで選んだアーティストたちは、
例えメジャーが求めているものを持っていなかったとしても、
ネミューが一番に必要としているものを持っているアーティストばかりです。

もちろん永森まことも、そうして選んだアーティストに他なりません。
彼女の様々な才能が、いくつもの分野のプロフェッショナルの間で
奪い合いになっているのを知ったのは、本人が渡米した後のことでした。

そして私が評価しているのは、
危険地帯へと向かう「勇気」でも、類稀なることを成し遂げた実績でもなく、
リスクを背負ってでも誰かを助けたいと思う、彼女の大きな「愛」です。

「優しさ」と「献身」の違いは、
誰かを助けることによって自らが失う代償の大きさだと、私は考えています。

ネミューには温かい気持ちを届けたいという目的があります。
そのためならば行動や表現の違いは些細(ささい)なことでしかありません。

もし必要なものがあるとするならば、それは、
自分の利より先に、まず人の利を追求すること、そして、
人に喜んでもらうために何ができるのかを
自分の頭で考え、創意工夫すること。

(明日)のライブをいつも観て下さっている方であれば、
きっとすぐにわかってもらえるのではないでしょうか。

需要と供給

2010年1月28日 木曜日

商品にしても芸術にしても、
どこかでそれが求められているからこそ成り立ちます。
需要と供給ですね。

需要はあるのに供給がないものもあれば、
供給はできても需要のないものもあります。

そして、時間とリソースが限られたものである以上、
プレゼンにも選択と集中を決断しなくてはなりません。

例えばレコード会社の社長へ対して
ニーズに応えられない音源を渡すことは、
無意味どころか貴重な時間を浪費させてしまうという意味で
迷惑をかけてしまうことになるでしょう。

なぜならその社長が、
もしその時間で他の仕事をしていたとしたら、
ずっと有意義な成果をあげられていたはずだからです。

よく「単価意識を持つ」という表現をします。
これには、自分自身に対することだけでなく、
相手に時間を浪費させてしまったら、
その時給の分だけ相手に損失を与えてしまったことになる、
という意味あいも含んでいるのです。

さて、私の仕事は売り手と買い手の双方からニーズを集め、
それぞれのニーズを結びつけることにあります。

そしてマイナーな作品に向けられている
隠れたニーズと出会うための小さな芽は、
どうやら少しづつ育ち始めたようです。

奇策はひとりで謀るもの

2010年1月26日 火曜日

早くも小さな芽は儚く(はかなく)土に帰り、
巨大な根だけが残りそうな予感がしてきました。

やむを得ません。
やはりここはオーソドックスに、
音源が出来てきた順にどうにかしていくしかなさそうです。

私の策はもしかしたら
リミッターの外れている人向きなのかもしれません。
見事に使いこなしてくれる人、あきれ果てて呆然としてしまう人、
そういえば思い当たることがけっこうあります。

私の周りにリミッターの外れている人ばかりいる理由が、
何となくわかったような気がします。

ポテンシャル

2010年1月25日 月曜日

人間にはいったいどれだけの可能性があるのだろうと思うことがあります。

これだけの文明を築き上げてきた人間の脳も
実際に使っているのはほんのわずかだったり、
重い物を持ち上げる時に使っている筋肉も
実は本当の力を出さないように
脳がリミッターをかけていたりするらしいですね。

きっと普通に生きていくには
潜在能力の何十分の1でも十分なのでしょう。

ですが、時にリミッターが外れちゃってる人たちがいます。
歴史上の人物ではエジソンやベートーベン、
それから私の良く知っているレコード会社の社長を見ていても、
何だかそんな風に思うことがありますし、
うちのアーティストでは単身で危険地帯へボランティアに行ったり、
日本人女性では数少ないライセンスを目指して渡米している
永森まこともそんな感じでしょうか。

周りからみると有り得ないようなリスクだったり作業量だったりしても、
本人は別にたいへんなことをしているつもりもなく、
普通に当たり前のことだと思っていたりするんですよね。

私の周りにはなぜかそんな人たちが多すぎる気がします。
私に言わせればビックリ人間ですよ、あの人たちは。

かく言う私はというと、もちろん彼らのような
超人的な離れ業(はなれわざ)をやってのけるつもりはなく、
日々、自分に与えられた、というか、自ら与えた(経営者なので)仕事を、
地道にコツコツと積み上げていっています。

ですが地道にコツコツも積み重なれば、
それはやがて、たいへんな力を持つようになります。

もちろん各々(おのおの)に自分の歩幅やペースがあるでしょう。
それがどうであれ、一定のリズムを崩さずにむらなく根気よく、
(「むらなく」っていうところ、プロを目指す人には必須です!)
地中のすみずみにまで根を広げていけば、
やがてどんな大樹となっても倒れない強固な根が育ちます。

そうして育ててきた根から、
まもなく小さな芽が地上に出ようとしています。
これが儚く(はかなく)土に帰るか、大樹となるかは、
全てがアーティストたちにかかっています。

もしこの芽をみんなが大きく育てることができたなら、
例えいかなることが起ころうとも、
きっとうまいことやっていけるはずです。

願わくばネミューのアーティスト達が
大樹を育てる大きな光となりますように。